治安を気にするビビりが地下鉄でニューヨーク市内に向かうお話
ただいま
ただいまニューヨーク
大学に入って二回目の夏である。
自分がかつてこの地に暮らしていたなんてとても信じられない。
入国審査官は15年ぶりにニューヨークに来たのだと伝えると笑顔で"Welcome back!"と声をかけてくれた。
まだ小さかったこともあり、アメリカ在住時の経験はあまり覚えていない。
しかし、この入国審査官のようなフランクさ、はアメリカについて私が覚えている数少ないことのひとつだった。
見知らぬ人とおしゃべりをする、目が合ったら笑顔を見せる、肩ひじ張らずにお互いフランクに接する、こういうところはアメリカ人の特徴的な点ではないだろうか。
ただいま、ニューヨーク。
ビビりバビデブー
私はかなりのビビりである。
どれくらいビビりかというと、タイタニック号の謎を解き明かす本を読んで、亡霊が怖くなりトイレに行けなくなったレベルだし、回転ずしで板前さんに直接注文するのを躊躇してコンベアーで流れてくるネタしか食べなかったことも何回もあるレベルのビビりだ。
フランクでフレンドリーな人が多い一方で、アメリカのもう一つの側面として、ふと油断していると殺伐とした場面に出くわすことがあるという点は指摘せざるを得ない。
厳密な意味においては「治安が悪い」と少し違う気もするが、日本で感じる安心感、のんびり感と比べると、アメリカではドキッとさせられる瞬間が少なからずあるのは確かである。
ニューヨークに行くに際して、私が恐れていたのはやはり亡霊治安であった。
友人と二人で降り立った(友人と旅行することに関する愚痴をさんざん述べる記事はこちら)ひさびさのニューヨークはビビりの私というか弱き生命体にとって猛獣が潜むジャングルでしかなかったのである。
パフォーマンスは突然に
ジャマイカじゃないか
JFK空港に到着したのは正午少し前の午前であった。
私はビビりの割には攻めた行動計画を練り、中心部までエアトレインと地下鉄を乗り継いでいくことにした。
空港からエアトレインに乗るまでは正直楽勝だった。
でかいスーツケースを持って、観光客ヅラを見せている人もたくさんいたからだ。
問題はジャマイカ(Jamaica)駅で乗り換えをして、通常の地下鉄に乗り換えたあとであった。
ちなみにジャマイカ駅は地下鉄だと名前がSutphin Boulevard–Archer Avenue–JFK Airport(長すぎだろ)駅となる。
Sutphin Boulevard–Archer Avenue–JFK Airport駅でEラインに乗り換え、ダウンタウンを目指す予定の私たちであったが、ジャマイカ駅からSutphin Boulevard–Archer Avenue–JFK Airport駅に歩いて向かう時点でなんだか嫌な感じがしていた。
人、少なくね。
仲間と思っていた観光客の皆さんはSutphin Boulevard–Archer Avenue–JFK Airport駅に来ることなくどこかへ旅立ってしまったようだ。
今や観光客の象徴であるスーツケースを持ってSutphin Boulevard–Archer Avenue–JFK Airport駅(しつこい)を闊歩するのは私たちのみ。
Eラインに乗車すると、我々の他にローカルっぽい家族連れと数人の乗客がいるだけというスカスカ具合であった。
登場
東京にいるとき混んでいる電車は何よりも嫌いだが、いざ外国でスカスカの電車に乗るというのもそれはそれで恐ろしい。
襲われても誰も助けてくれなさそうだし、何よりお化けが出そうな薄暗さである。
そもそもJFK空港周辺はあまり治安がよろしくないそうである。
エアトレインから見下ろせる街並みもなんだか雑然としている印象があり、ニューヨークに降り立った瞬間摩天楼と自由の女神が見えるなどと思っていたら大間違いである。
Eラインに乗ったはいいが、この変なスカスカ感と駅の小汚さと社内の薄暗さは私をビビらせるのに十分であった。
いつになったらマンハッタンに行けるだろうかと考えていた矢先のことである。
突如他車両から数名の男たちが移ってきたかと思うや否や、ラジカセから爆音のミュージックを奏で、車内のポールを使いながらアクロバットを開始したのだ。
揺れる地下鉄車内で目の前数センチをアクロバット集団が飛んだり跳ねたり忙しく動き回る状態....
ママァ~(スネ夫風)
とんでもない魔境に来てしまったと思った瞬間であった。
NOという勇気
パフォーマンスがひと段落ついたかと思うや否や男たちは帽子をひっくり返してチップを求めてきた。
男たちは目の前の家族連れにチップを要求するも、あえなく断られる。
そして私たち「モロ観光客」に狙いを定め男たちは帽子を近づけてきた!
ビビりの私はおずおずとチップを差し出す.....と思いきや財布をスーツケースの奥底にしまっていたこともあったし、一方的に見せつけられたパフォーマンスに金をとられるのは登録していないエロサイトから年会費を取られる並みの悔しさなのでチップを払わないことにした。
男たちはしばらく粘ってチップを求めるが、きっぱりとお断りさせていただいた。
結局怖いとか嫌な思いをしたというわけではなかったのだが、到着直後からの洗礼に衝撃を受けたのは事実だ。
ニューヨークの地下鉄車内では突発的にパフォーマンスが行われることがある。
最近は減少しているというが、車内に人が少ない時間帯、場所ではまだまだ行われている印象を受ける。
JFKからEラインに乗る場合は、魔境への入国記念として異国からの旅人をパフォーマンスでおもてなしする場合があるということを胸に刻んでいてほしい。
動物的直観
ニューヨークの地下鉄は安全なのか
ニューヨークはアメリカの中でも極めて安全な都市であると言われている。
80年代にすさまじいほど治安が悪かった時期が信じられないほどであるとも評されている。
女性が一人で闊歩している姿も全く珍しいものではない。
実際に、地下鉄を利用して具体的に怖い思いをすることは一度もなかった。
到着早々浴びたパフォーマンスの洗礼を抜きにすれば、ビビりの私がびっくりするような経験は基本的になかった。
ニューヨークを動き回るときに張り巡らされている地下鉄を使わない手はないし、地下鉄も含めて観光を楽しむべきだと思う。
一方で、明らかにジャンキーっぽいお兄さんが車内でへたりこんでいたり、乗り換え方面を間違えたら人気のない荒廃した駅に着いてしまったりと、何かが起きていてもおかしくない状況に陥ることもあったのは確かだ。
だからこそ、地下鉄を利用するときは少し姿勢を正して気をつけていてほしいのだ。
動物的直感を信じる
安全と言われているニューヨークだが、東京と比較すれば犯罪件数は段違いである。
ゴミの山、昼間なのに人がいない空間、商店のガードがやたら厳重、こういうのはわかりやすいサインである。
しかし、一番大事にしたいのは自分が空気を感じ取る力である。
駅構内で感じる違和感、乗客から伝わる殺気、入ってはいけなさそうなトイレ、ちょっとでも空気が変だと感じたらすぐにそこから立ち去ることが何よりも大事である。
人間は動物である。
文明生活で失われたかに思われる動物的直感だが、こういう場合結構直感は正しいものである。
ニューヨークで地下鉄を利用するならば、この動物的直感を忘れず、ジャングルを生き抜いていってほしい。
私は、動物的直感に優れているため、Eの23rd Street駅で降りるところ、その大分手前にあるCourt Square 23rd Street駅で降り、誰もいない倉庫街をうろうろするという満点愚行を取った。